創作に携わるすべての人に読んでほしい 大白小蟹短編集『うみべのストーブ』

· 教養
broken image

 2022年11月に発売された、大白小蟹(おおしろこがに)氏による短編集『うみべのストーブ』(リイド社)。本書には7篇の物語が収録されているのだが、今回はそのうちのひとつ『海の底から』という話ついて、紹介したい。


 主人公の深谷桃は、月曜日から金曜日まで働く会社員。料理人の彼氏と同棲中。仕事が終わったら、大学時代の友人・あいぴー、カスミンと飲みに行く。2人は、歌集を出したり小説を書いたりしている物書きだ。


 桃から見て、いまでも創作活動を続けている2人の存在は眩しい。光を反射して、銀色に光るマグロのように眩しい存在だ。


桃も、大学時代は小説を書いていた。でもいまは書いていない

書きたいことがなく、感性が死んでしまったのかもしれないと悩む桃に、料理人の彼氏は声をかける。


“働き始めて、ようやく仕事に慣れてきて、家賃払って、ご飯作って、奨学金返して、桃がいまやっているのは、ピラミッドの下の方の土台をつくることなんじゃないかな”

“きっと桃にとって小説を書くことは、あのピラミッドの上の方にあることで、だから、ピラミッドが積み上がってきたらまた、書けるようになるかもよ”

出典:『うみべのストーブ』

 

 桃はまた海の底に潜り、一歩一歩生活を続ける。少しずつピラミッドを積み上げて、海面に顔を出したとき、大きく息を吸ってペンを握る。


 文章でもイラストでも音楽でもなんでも、何かしら創作に携わっている人は、他人を見て悔しくなったり憧れたり、「自分はこの人に比べたら底辺だ」と、勝手に才能の差みたいなものを感じて、勝手に打ちのめされる経験を必ずしていると思う。


 そんな思いをした人にとって、桃の彼の言葉には救われる部分があるのではないだろうか。みんな人生には自分だけのピラミッドがあって、ひとつずつ積み上げていくと、羨んでいたあの人すら手に入れることができないピラミッドの先が見えてくる(かもしれない)。


 そして、自分からは眩しく泳いでいるように見えていたあの人がしていることは、あの人にとってはピラミッドの土台作りなのかもしれない。


 ピラミッド作りには、“生活”も大きく関わってくる。私も、生きているだけでお金がかかると感じることはしょっちゅうだ。生活のために文章を書くことも多い。というか、ほとんどが生活のためだ。創作と生活は完全に区別できるものじゃない。生活のために書いたり、そうじゃなかったり、私もそんな日々を繰り返しながら、ピラミッドを積み上げているのだろう。


 桃のピラミッドは、生活の基盤が土台にあって、創作がその上にある。カスミンやあいぴーのピラミッドは、“生活のための創作”も入り混じっているものが土台にあって、それをひたすら積み重ねた先で歌集や小説といったかたちに残るものが生まれるのだろう。もしかしたら、そういったかたちに残るものも、2人からしたら土台の一部なのかもしれないが。


 『うみべのストーブ』には、そんな心のちょっとしたしこりを、絵と言葉でそっと救ってくれる作品が収録されている。自分でも気づかなかった心のかすり傷みたいなところを、優しく昇華してくれるような一冊だ。


 設定は少し不思議なものも多い。ストーブが言葉を話したり、透明人間や雪女も出てくる。そんなちょっと不思議な世界観のなかで、なんてことのない毎日で感じるかすり傷との向き合い方を教えてくれる物語が集まっている。読み終わったあとは、いつもよりちょっとだけ毎日を大切にしようという気持ちになる。もし、何か言葉にできないモヤモヤを抱えているなら、ぜひ手にとってみてほしい。

ライター:はるまきもえ