源氏物語でお茶会を

· 教養

今年2024年は紫式部主演の大河ドラマが放送され、関連書籍が山のように出版されています。

 そしてその紫式部が書いた源氏物語もまた、いまや日本だけではなく、世界中で読まれています。日本人だと「なんか授業でちょっとやっただけだけど……」くらいの人から、「漫画で読んだ!」という人、色んな文豪・作家によって翻訳されたうちの誰かの訳で読んだ!という人、「読んでないけどあれエロ本だよね?」などという人、数多く、そして幅広くいるかと思われます。

 

 今回ご紹介するのは、アーサー・ウェイリーというイギリス人が翻訳した『The Tale of Genji』を再び日本語訳に「戻した」、外国生まれの『源氏物語』を紹介する一冊です。

 本のタイトルは『レディ・ムラサキのティーパーティー』。

 著者はこの「英語から日本語に戻した」訳の『源氏物語』を左右社から全巻出版した、毬矢まりえ様、森山恵様という素敵な佇まいのご姉妹です。(NHK100分de名著をご覧になった方もいらっしゃることでしょう)

 

 この本は、アーサー・ウェイリーが英語に訳して一躍大ベストセラーになり『世界文学』に躍り出た源氏物語を、光源氏、光る君ことシャイニング・プリンス・ゲンジのパレス(宮廷)の物語として、まるで外国文学のように日本語に「戻し訳」をした、左右社版『源氏物語』について書かれた、うつくしく愉しい解説書です。

 

 まず、左右社版『源氏物語』は英語の『The Tale of Genji』を、日本語に再度ただただ単純に訳し戻しただけではありません。

 『源氏物語』が、どうして世界で読まれる文学になっていったのか。この本はそれを、当時英訳したウェイリー氏が知っていた中国の古典(大英博物館で働いていた氏は東洋の文学に大変精通していたそうです)、ギリシャ・ローマ文学、聖書やシェイクスピア、プルーストなどなどの諸外国のエッセンスが溶け込んだ部分をしっかり解説してくれる『世界文学としての源氏物語』を読み解くための本なのです。

 

 著者の毬矢・森山様ご姉妹は紫式部のことを「姉妹」と呼んでいます。そして、外国で書かれた物語を美しい物語であると認識するには、日本語だけではなく、外国の美しい物語に精通した人が翻訳するのが一番です。先述したウェイリー氏がたしなんでいた諸外国の文学にも精通しているこのご姉妹が訳した源氏物語は、他の訳本にはない美しさをもっています。

 有名な冒頭部分をご紹介します。

 

 いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。

 ワードロープのレディ(更衣)、ベッドチェンバーのレディ(女御)など、後宮にはそれはそれは数多くの女性が仕えておりました。そのなかに一人、エンペラーのご寵愛を一身に集める女性がいました。

(『レディ・ムラサキのティーパーティー』P7より)

 

 そう、あまりにも有名な原文、『源氏物語』の冒頭、

 

 いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

 

 が、このように訳されているのです。 ワードロープにベッドチェンバー、女御と更衣がそんな風に訳されるなんて!

 まるで知らない国の、見知らぬ物語がはじまっていくような高揚感に満たされた美しい一文です。

 1000年前の古典の原文、100年前に生きたウェイリー氏が訳した英語、現代の日本語の間をくるくると行き来するこの翻訳を、ご姉妹は『らせん訳』と称しています。

 この『らせん訳』こそが、翻訳者の持つ個性と感性を十全に発揮して、「トランスレーション(翻訳)」と「クリエーション(創造)」を合わせた「トランスクリエーション」の世界。それをどうやって作り上げていったのかが、この『レディ・ムラサキのティーパーティー』では解説されているのです。

 

 私『源氏物語』どれも読んでない! 知らない! という人も大丈夫。著者の二人のお姉様方が、軽妙に源氏物語の英語版に向き合う会話が、たとえばこの様に収録されています。

 

シャイニングですって!

シャイニング! パワーワードすぎる

そうか、光ってるのね

そうよ、光源氏は光ってるのよ

光り輝いてる

かぐや姫みたいに

そうか、そうよね、そう書いてあるものね

(『レディ・ムラサキのティーパーティー』P47より)

 

 海外文学を読んでいなくても、源氏物語を読んでいなくても、光源氏すなわちシャイニング・プリンス・ゲンジの物語を読みたくなること間違いなしなのです。

 そしてその手助けになってくれるのがこの一冊。

 紫式部が綴った源氏物語、アーサー・ウェイリーが訳した源氏物語、そのアーサー・ウェイリーを訳したご姉妹が愉しく語り合うかのような「ティーパーティー」に、あなたも是非この本を片手に参加してみてはいかがでしょうか。

 

ライター @akinona