一つの作品が映画になったり、アニメになったり、ドラマや実写になったりする流れ、
現代ではもはや当たり前になっていると思います。
今回ご紹介するのはそんなメディアミックスの先駆けとも言える(?)作品のひとつ
、『少年ケニヤ』。亡き義父が息子(私の夫)にプレゼントした全巻が押し入れから出て
きたのを、私の方が面白く楽しんで読んでしまった、漫画という形式よりちょっと古い、
一つの頁に絵と文章が連なっている『絵物語』というジャンルの作品です。
1951年から1955年まで、今の産経(サンケイ)新聞に連載されていた国民的大ヒット作
品であり、ジャンルは『大冒険活劇』になります。
舞台はタイトル通り、アフリカのケニヤ(ケニア)です。物語が戦前から戦後なので、
まだイギリス領だった頃です。
主人公の少年ワタルはビジネスマンのお父さんに連れられてケニヤにやってきましたが
、その途端、第二次世界大戦が勃発してしまいます。イギリスと敵対した日本の人間と関
わるとマズい、という理由で、父子ともども現地でケニヤ人達に見捨てられてしまう、と
いうなかなかシビアなところから物語はスタートします。
更にはイギリス軍の捕虜になるのを避けるために、ケニヤの奥地に逃げたところ、なん
とワタルは父親とはぐれてしまうのです。まあ普通ならここで死んじゃう! みたいなシ
チュエーションですが、そこで出会ったマサイ族の頼もしいおじいちゃん酋長のゼガに助
けられ、アフリカの各地を旅することに……というのが物語の導入部分です。
このままだとなんて模範的な作品なんだ、と思う人もいるでしょう、が、『少年ケニヤ
』の真の見どころ(つまり本当にヤバいところ)は、ワタルのこのアフリカの旅には、大
草原や草原の生き物との出会いだけでなく、何故かアフリカの大地から突然ワープしてき
た(???)古代の恐竜達、謎の巨大グモ、更にはどういうわけか(どういうわけなんで
しょうか)アフリカの砂漠の奥地に建てられているナチスドイツの原子爆弾研究所
(!!!)と、本当になんでもありの、しっちゃかめっちゃかっぷりなのです。昔の編集
部はおおらかだったのですね!
これらがどういうわけか混ざり合って、ティラノザウルスがアフリカの部族の村やら、
ナチスドイツの秘密のアジトやらを蹂躙する「昭和のやりすぎ大活劇ワールド」がどんど
ん展開されていくのです。作者はアフリカをなんだと思っているのか……大使館あたりか
ら苦情はこなかったんだろうか……などと思わずツッコミを入れてしまいたくなる、そん
な大活劇が新聞で連載されていたと思うと、昭和という時代のおおらかさを肌で感じるこ
とができます。
さて、主人公の生き別れたお父さんは、あろうことかナチスドイツに捕まってしまい、
前述した研究所の見張りという役目をやらされてしまいます。しかしここは「昭和のやり
すぎ大活劇ワールド」なアフリカ。ナチス将校達はアフリカゾウの群れと戦ったり、あろ
うことか砂漠のど真ん中で原子爆弾を起動させてしまったり、と今の時代の作品では完全
にアウトなことを普通にしでかすのです。四苦八苦しながらなんとかかんとかこの驚天動
地な窮地を脱していくワタルのお父さんも、物語の重要な人物のひとりです。
そしてワタルが旅の途中で出会ったこの物語のヒロインのケートも、今のレーティング
では絶対にアウトであろう、「金髪で色白なので神様の娘と間違えられて現地の原住民達
にあがめられているイギリスの少女」です。女の子だけど寝相が悪く、ライオンや恐竜の
肉を平気で喰い、窓から伸ばした槍で食卓のホットケーキを盗む、ある意味とってもチャ
ーミングなヒロインです。
さらにワタルやケートをいつも助けてくれるスーパーつよつよ大酋長、もはやどこぞの
スーパーサイヤ人みたいな強さを誇るおじいちゃんのゼガもまた、とても素敵なヒーロー
として描かれていますが、大活劇も後半になってくると世界大戦が終わり、アフリカ各地
で独立戦争がはじまったりして、少しばかりのリアルさも加味されてきます。
戦後になると、かの悪名高いアパルトヘイト(人種隔離政策)のせいでゼガだけがケー
トやワタルと三人揃って同じ列車に乗れないシーンや、アフリカ独立、部族対立のあれこ
れに巻き込まれて苦労する姿も印象的なのです。
そう、恐竜に勝てても人間の差別には勝てない、巨大な象にはみんなで乗れても、広大
な大陸を走る列車には一緒に乗れない。
想像力豊かな大活劇なはずが、少しのリアルさもある、とても不思議な絵物語なのです
。
作中の絵はどれも緻密で美しく、そしてダイナミックで楽しいものばかり。今読むと諸
々の描写に問題が山盛りある作品であっても、当時の読者達の心を鷲掴みにし、元気にし
たのであろうこの『少年ケニヤ』、もしも古本屋などで見かけたら、是非手に取ってみて
ください。
昭和という時代に描かれたダイナミックな活劇、今読んでも十分に楽しめることでしょ
う。
@akinona(あきのな)