皆さんには、特にものすごく好きだ! とか、そういうわけでもないのに何故か何度も読み返してしまう本はありますか。
私には何冊かあり、その中でも今回は数年おきに読み返しては、その都度あたらしい発見があり、あたらしい感想が出てくるという、ミステリ小説のような一冊をご紹介します。
タイトルだけなら日本人の半分くらいは「どっかで聞いたことあるな」と思われるであろう、名作中の名作、『若きウェルテルの悩み』です。
大半の人は「タイトルしか知らない…」「自殺するやつだっけ?」くらいの認識の一冊だと思います。まあそうですよね。
当時世界的ベストセラーになって、同時代の超有名人でもあるナポレオンは7回も読み返し、戦場にも持っていったという、当時の若者達のバイブル的一冊です。『ウェルテル現象』なんていう後追い自殺ブームまで発生して、世間をてんやわんやさせた問題作でもあります。
あらすじは、故郷を離れた主人公ウェルテルが、アルベルトという立派な婚約者がいる女性ロッテ(シャルロッテ)に恋をして、なんか色々なんやかんやあって、最後には命を絶つ、という書簡体小説、つまりお手紙形式で書かれた小説です。
この「なんか色々なんやかんやあって」という部分、大切な場所なのに意外と知られていないせいで、「お馬鹿な若者がうっかり人妻に恋して破れてハイ自殺!」みたいな印象が世間から拭えていない、というのが実情かもしれません。
しかしそれはとてももったいないな、と思わざるを得ないところなのです。
この本を読むにあたって面白いな、と思うところは、まずこの物語の大半は、ウェルテルがヴィルヘルムという名の友人に宛てて書いた『書簡体小説』という形式なところです。
わかりやすく言うと、ブログとか、SNSとか、SNSのダイレクトメッセージのやりとりをまるっと小説にしたよ! みたいな一冊なのです。
そして、人妻失恋即自殺、という印象があるこの作品ですが、ウェルテルはきちんと頑張って就職し、気の合わない上司に悩まされたりしながら生きていくパートがあります。新社会人だったことをちょっと思い出して身につまされたりもします。
人生で何度も読んでいるこの本ですが、初めて読んだのは高校生の時だったので、当時はそういったシーンを読んでいてもいまいちよくわからなかったのです。それが、歳を重ねて再読するにつれて、理解できていくようになるのです。
つまり、このウェルテルが死んだのって実は失恋のせいだけじゃないよね? 社会に上手く馴染めなかったところもあるよね? 今現在の世の中と違って、メンタルクリニックがあるわけでもなく、就職の失敗が生真面目な彼にはものすごく堪えても、専門医が助けてくれる時代でもない、そんな当時の若者達にはきっと響いたんだろうな、などということに気付くわけです。
そしてこの本を読むときにちょっと頭に入れておくと楽しいことは二つあります。
一つめは、ロッテはウェルテルをどう思っていたのか。
二つめは、ロッテの婚約者のアルベルトはウェルテルをどう思っていたのか。
この二つです。この二つこそが、何度も読み返すたびに新たな発見や気付きなどが出てくる場所なのです。
ロッテがもっときっぱりとものが言えていたら、なんかちょっと思わせぶりだよね? これ? ダメな女の態度だよそれ? そんなことじゃ、ウェルテルもロッテを諦めきれなくなっちゃうじゃん……などと、読む年代によってものすごく変わるのが、ヒロインであるロッテという女性についての感想なのです。最初は清純可憐な女性かと思えば、案外優柔不断? 優しさって罪よね……みたいになっていくのです。
更にはロッテの婚約者のアルベルトですが、自分の婚約した女になんかちょっとどう見てもお熱な感じが隠しきれてない情熱的な若者が(あきらかに)つきまとっていたらどうするんだよ! というツッコミや、この男ウェルテルに敢えて紳士的にふるまうことで精神的に圧倒的な敗北感を与えているのでは? という疑惑(?)や、更には、ウェルテルにピストルを貸したとき、このピストルで何かしでかすって実は気づいていたのでは……? 確信犯だったら怖いな……? みたいなミステリにも近い感想が、歳を経て読み返すたびに出てくるわけです。
そう、作者のゲーテには多分そんなつもりは毛頭ないと思うのですが、何度も読み返していくうちにミステリ小説としても楽しめるようになってしまうのが、この一冊なのです。
そしてこの『若きウェルテルの悩み』ですが、2024年になんと新訳がでました。光文社古典新訳文庫です。なおこの訳は、作者のゲーテが後日「ちょっとあれは過激すぎたかな……」と改訂したバージョン(一般的に現代ではこちらがよく読まれています)ではない、世間を騒がせまくった初版バージョンなのです。
感じやすく激しやすい、繊細でちょっぴり(?)面倒な若者ウェルテル、誰にでも優しいけれどちょっと思わせぶりですらあるロッテ、そんな二人に大人として対応する婚約者のアルベルトの生々しい三角関係。
今の世の中でも、そして読者である私たちが特に若くなくても、十分に面白く読めてしまいます。
読書の秋が短くなっている昨今、もう暦の上では冬に差し掛かっていますが、そんなに長くはない一冊です。是非とも気軽にお手に取って読んでみてはいかがでしょうか?
ライター:@akinona(あきのな)