いつも心に宝石を~クイーン・エメラルダスを読んで

· 教養

2023年に亡くなられた松本零士さんの代表作、といえば『銀河鉄道999』だと思います。

私の通っていた中学校の図書館に初めて入った漫画がこの『999』と手塚治虫の『火の鳥』全巻だったのをよく覚えています(今思えばどちらも「いたいけな少年少女に何てものを読ませてくれたんだ!」みたいな気持ちにもなるラインナップですね!)

『銀河鉄道999』や『宇宙海賊キャプテンハーロック』『男おいどん』などなど、松本作品には名作が数多くあるのですが、一体どこから読めばいいのかよくわからないなあ、どれもなんだか長そうだなあ、というのが松本作品の弱点のひとつなのではないか、と私は思っていますし、実際何となく敬遠している人も結構いるのではないでしょうか。

というわけで、今回は個人的に、とてもおすすめな作品を紹介したいと思います。

それが『クイーン・エメラルダス』。

文庫版で全2巻(今ではAMAZONのkindleで手軽に読めます)なので、読むならここからがいいのではないかな、と思っているのです。

真っ赤な血の色に白いドクロを染め抜いた旗を掲げた、大きくそして美しく謎めいた宇宙船、クイーン・エメラルダス号に乗って大宇宙をひとり旅するさまよえる美女の物語です。

とても美しい顔には大きな傷があり、大宇宙を跋扈する悪い奴らと戦いながら、謎めいた宇宙船で、無限の宇宙のどこにでも現れる、めっぽう強い不死身の女性。そして彼女の旅の理由は「どうやら誰かを探しているらしい」こと以外、誰も目的を知らないのです。

そんな『大宇宙の魔女』などと呼ばれているこのエメラルダスが、手製のみすぼらしい船で無謀にも宇宙に挑み続ける海野広という少年と巡り合うところから、物語はスタートします。

ちなみに連載されていた雑誌は『月刊プリンセス』。れっきとした少女漫画発なのです(その後に『少年マガジン』でも連載することになります)。後日アニメ化した時のエメラルダスの声はかの『ベルサイユのばら』のオスカル様でした!

松本作品といえば、基本的に「男のロマン」という言葉で表現されることが多いのですが、この『クイーン・エメラルダス』という作品は、「女のロマン」が詰まった、とても力強い作品だと私は思っています。

けれどそこにはやっぱり、作者特有の「少年の夢」みたいなものも混じっていて、エメラルダスは「本当に勇気のある、信念を持った男には優しい女」でもあります。

『あなたがほんとうに勇気のある男の子なら、きっとまた宇宙のどこかでめぐり合えるでしょうね。だからわたしはさよならはいわない』

という印象的な台詞を残して、夢と野望を持つ少年の元からスゥっと立ち去っていく。そんな感じの女性です。

なんかいちいちすごくかっこいいぞ…! と、(この本を買ったのは高校生くらいの時でしたが)その立ち振る舞いに私はすっかり魅了されてしまったのです。

松本漫画ならではの、不可思議な造形の機械や、何に使うのかよくわからないけど浪漫には満ち満ちている機器がいっぱいの美しい流線型のメカや、ページ全体に広がる宇宙の闇の、文字通り「墨を塗ったような」はてしない広がり、強く謎めいた女と出会ってしまった勇気ある少年、彼の心もとない宇宙の旅で出会う様々な個性豊かな人々。

どれもこれもが壮大な詩の様で、「私は今、漫画を読んでいるんだ」「一緒に宇宙を旅しているんだ」とまさに胸が高鳴ると言う表現がぴったりの作品なのです。

昨今の世の中、「男だから」とか「女だから」とかという壁は、昔に比べると大分なくなってきている様な、それでもまだまだ目に見えて存在するような、どこかあやふやな世界になってきています。そんな中で、素敵な女性って何だろう、と思うようなこともまあまあありますが、私はそこに、『人の夢を決してあざ笑ったりしないこと』があるのではないか、とこの作品をはじめて読んだ時に思ったのです。

そう、心身の強さはもちろんのこと(女はタフでなければ生きていけないのです)、大きな夢や目標を、はたから見ると少々こっ恥ずかしいくらいに堂々と掲げて頑張っている人を、心から応援し、寄り添うことのできる女は誰よりもイイ女なのだ、そういったことを、この漫画を読むたびに思い出すことができるのです。

松本零士先生は幼い頃、エメラルドのことを緑ではなく赤い石だと思い込んでいた、というのが『クイーン・エメラルダス』のデザインやネーミングの由来でもあるそうです。つまり素敵な女性というのは、心の中に一粒の優しい緑色の石と、燃える様な赤い石を両方持ち合わせた女性のことなのかもしれません。

そんな松本零士イズムで描かれた「女のロマン」の世界、もしも読む機会があれば、一度お手に取ってみてください。

@akinona(あきのな)