ピアノに心を撃ち抜かれ〜ヤクザときどきピアノ

· 教養

皆さんはピアノを習ったことはありますか。

あるいは、これから習ってみたいと思っていたりしませんか。

流行りのあの曲とか、懐かしの名曲とか、有名なあの曲、思い出の曲などなど、『せめて一曲だけでも』弾けたらなあ、と思うことは誰しも一度は(おそらく)あると思います。

これは、そんなことを考えたことがある人、そしてもちろんそんなことぜんぜんない!という人にもオススメの音楽の本です。

 

音楽の本ですが、学校や教室で習うような難しいことは一切言ってきません。

ただし、読んだら3日でピアノが弾けるようになったりもしません。

 

この本は、『サカナとヤクザ』『ヤクザと原発」などの、いわゆるヤクザ潜入ルポライター、つまりノンフィンクションでその界隈ではよく知られている、52歳男性ヤクザ業界(?)ルポライターが、なんとピアノ教室に通いだし……!!という、割と笑撃的なノンフィクションです。

 

まずはこの著者が、前作『サカナとヤクザ』を書き上げ、たまたま入った映画館でボーッと観た『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』という映画の曲、世界的にも超有名な(私はうろ覚えですが中学英語の教科書の巻末でも見た覚えがあります)ABBAの名曲中の名曲『ダンシング・クイーン(Dancing Queen)』に何故かハートを射抜かれてしまい、「この曲を……どうしても弾いてみたい……!!」と決意するところからスタートです。

 

まず中年男性がピアノ教室に通うところからはじまるわけですが、これが意外にハードルが高く、普段はヤクザ相手に取材をしている、いわゆる猛者でもあるはずの著者が、最初から四苦八苦するのです。

 

「『ダンシング・クイーン』だけ弾きたい52歳男性」と一対一でピアノを教えてくれる教室はなかなか見つかりません。そもそも成人男性の生徒を受け付けている教室も少ないのです。

ピアノレッスンの教室の主役は子供と女性とシニア向け、しかも一曲だけ弾きたい、となれば更に先生は絞られてしまっても当然、というわけです。ところがそこに、レイコ先生というとても頼もしい女先生が現れます。

 

「練習すれば、弾けない曲はありません」

(本文P29)

と、『ラ・カンパネラ』という超有名かつ難しいテクニックと華麗なメロディで有名な曲を弾いて聴かせてくれるのです。

しかしこの著者、反社会的組織、つまり常日頃はヤクザを相手に取材などをしているルポライター。その時の衝撃をこう表現しています。

「衝撃波が俺の頭を横殴りにし、火薬がはじけ、突き飛ばされるような感覚があった」

(本文P35)

かつて「防弾チョッキは本当に撃たれても死なないのか」を試すべく至近距離から三十八口径の九ミリ弾で撃たれたことがある(!)著者にとっては、「拳銃で撃たれたような衝撃」という比喩は、比喩ではなくもはや本物なわけです。

 

ピアノのレッスン用の防音スタジオに入る時も、仕事柄ドアを閉める時にちょびっと開け

てしまう、これは警察が急に踏み込んできても取材相手(つまりヤクザですね)が監禁罪に

問われない配慮をしちゃう、そんな生徒になるわけです。

 

この本の前書きにはこうあります。

「レッスンは冒険であり、レジスタンスだ。

ピアノは人生に抗うための武器になる。

俺は反逆する。

残酷で理不尽な世の中を、楽しんで死ぬ」

(本文P07)

かっこいい!かっこいいけどピアノ教室の生徒ってそんな感じだったっけ……?とちょっとだけ首を傾げながらも、

「レイコ先生も自分探しとか自己表現とかいうふんわりした理由を受け付けない、硬質な専門教育を受けてきた雰囲気をまとっている。人を殺したことのあるヤクザが特別なオーラを放っているのに似ている」(本文P33)

先生のほうもとてもしっかりしており、まさに「この生徒にしてこの教師あり!」なのです。そしてこのレイコ先生の奏でる美しいピアノに心打たれた著者曰く、

 

「これで駄目ならピアノとは縁がなかったとあきらめられる。

俺はレイコ先生と心中する」

(本文P41)

という決意のもと、スポ根ピアノ道がはじまるわけです。

 

ちなみに、私あきのなもそこそこのピアノ経験があり、音楽関連の本もよく読んできたほうだと自負していますが、『シャブとピアノとオヤジの愛』などという章タイトルの本はこれがはじめてです。

ピアノ教室ルポの本なのに、ドスだのチャカだの飛田新地での男女の仲だのといった比喩に満ちているこの一冊。極め付けは、

「ピアニストの多くは師弟関係を築くので系譜を図にすることができる(中略)ヤクザで言

えば初代組長にあたるのが、エキセントリックな超絶天才音楽家であるルードヴィッヒ・ヴ

ァン・ベートーヴェンである」

(本文P92)

ベートーヴェンは初代組長だったのか……まあ確かにそんな感じの面構えしてるし……と、ヤクザルポライターならではの謎の説得力と比喩力で、音楽史の大変わかりやすい解説が入ったりするのです。

 

しかしながら著者の本業はヤクザルポライター、「山口組の分裂抗争が再燃すると楽しみにしていたレッスンに行けない」などという苦労(?)を乗り越えて、無事に『ダンシング・クイーン』が弾けるようになったのか?

この本のクライマックスはもちろんピアノの発表会。

是非とも、最後の1ページまで読んで、このスポ根ピアノ道の顛末を見届けてください。

そう、

「あなたの人生が音楽と共にありますように!」

(本文最後のページより)

ライター:あきのな(@akinona)