『赤毛のアン』を読もう!~夢見る頃を過ぎても

· 教養

突然ですが、『赤毛のアン』を読んだことはありますか。何年か前に朝ドラで『花子とアン』が放送されましたが、つまりこの物語が日本にやってきたのは、かなり昔のことなのです。ドラマの「花子」こと村岡花子訳で長年愛されてきたこの小説(アニメでみた、という人も多くいらっしゃることでしょう)、新訳の完全版が出版されました。


訳者は松本侑子先生。シリーズ全訳に、今までの『アン』シリーズにはなかった細やかで詳細な訳注がたっぷりとついたこの松本侑子訳。つまりこの本は

「子供にはわかりにくくて訳者が端折ったり改変したりした言葉がない」

という、大人でも楽しく読める、そしてかつて村岡花子訳で読んだ人でも新たな発見がいっぱいつまった『英文学』なのです。


夢見がちロマンティック少女のロマンティック物語、と世間では思われがちなこの作品、殿方だとちょっと敬遠してしまいがちな方もいらっしゃるかもしれません。しかし全文訳·訳注付き·文庫本の約5分の1もの訳注には、この作品の至るところに引用されているアーサー王伝説、聖書、そして色んな時代の色んな英文学の元ネタがきちんと解説されています。舞台になったプリンス·エドワード島(カナダ)の当時の政治情勢の話もです。

つまり、この『赤毛のアン』さえ読んでおけば、西洋の教養(私の好きな言葉か、と言われるとちょっと困ってしまうのですが)をバッチリ嗜めてしまうのです。

気合入りまくりの文庫本巻末の脚注だけでも読む価値があります。もちろん、全部読んで欲しいのですが!

なお、2018年にNHKで放送された『100分de名著』では、ナビゲーターがかの茂木健一郎氏でした。つまりこの物語には男性ファンもしっかりついているということです。

物語は有名なのでざっくりと。

カナダのプリンス·エドワード島に住まう老兄妹マシューとマリラは力仕事を手伝ってくれる少年を雇おうとします。ところが手違いでやってきたのは11歳の少女アン·シャーリー。自分の赤毛がとてもコンプレックスなそばかすの女の子です。色々あって、自分の家もなければ愛されたこともないけれど、『想像力』だけはとても豊か、その豊かな想像力だけを頼みに辛い世間を生きてきたこの少女を、マシューとマリラは引き取って養育しよう、と決めるところから物語はスタートです。

私がこの物語が好きだなあ、と思うのは、主人公のアンだけではなく、アンの周りの人々がとても愉快で、かつリアルで、それでいてとても優しく、彼らのマイナス面ですら、そこはかとなく愛情をもって描写されているところです。

アンの持つとびっきりの、そして留まるところを知らない『想像力』が、マシューやマリラに徐々に浸透するように受け入れられていき、最初は彩りのない、変わり者の年寄り兄妹でしかなかったこの二人が、愛情深い人間へと少しずつ変化していくのです。

そして、その美しい『受容の過程』だけでなく、当のアンも、学校に通うことで学びを覚え、友や野心を持ち、大学への入学を目指す(これは色々あって入学を果たすのは続刊の『アンの青春』まで待たねばならないのですが)、真の『学ぶ女の子』としての生き方を得ていくのです。

夢や空想の世界を友にしたまま決して失うことなく、それでいて一人の女性としての生き方を見つけて、しっかりと歩いていく『学びの過程』が、ユーモラスに、美しさいっぱいに描かれている、というわけなのです。

美しい自然描写、人間描写にあふれた、悲喜こもごもで、文学的で、「子どものため」だけではない、私達大人が読んでも十分に楽しい『赤毛のアン』。

この『アン』シリーズは全8冊なのですが(シリーズを通してアンの一生が書かれているこの物語、実は大河ドラマ並みに長いのです)、『赤毛のアン』1作目だけでもとても楽しく、とても滋養深い物語になっています。

1作目は11歳でマシューとマリラの元にやってきてから16歳で学校の先生の職を得るまでが書かれているいわば思春期の成長の物語。

世界は美しく、悲しいこと、つらいことがあっても、心の在り様、つまり『想像力』と周りの人々の力で、『夢』と『野心』を花束のようにいっぱい抱えて駆け抜ける赤毛の少女、アン·シャーリー。

『赤毛のアン』とは、そんな主人公が人々に受容され、成長していく素敵な物語なのです。

様々な英文学や聖書、アーサー王伝説、ケルト文学と、作者モンゴメリの描写する美しい自然と人々の営みがたっぷり描かれた物語、そして、訳者松本侑子さんの詳細かつ情熱たっぷりな解説、今こそ、女の子のためだけの本ではなく、夢見る頃を過ぎた大人にも優しいこの『赤毛のアン』を読んでみてください。(なんと2025年4月からNHKでアニメシリーズ「アン·シャーリー」として放送されるそうです。つまり読むなら今です!)

本を開くことで、人生の扉がひとつ、新しく開くかもしれませんよ、とお誘いしてみる次第です。ここはひとつ、あなたもアンの「腹心の友」になってみませんか?

ライター: @akinona(あきのな))

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